「三本の矢」(横溝正史)

人形佐七捕物帳007

自分の矢で射殺される射手たち

「三本の矢」(横溝正史)
(「完本 人形佐七捕物帳一」)
 春陽堂書店

「完本 人形佐七捕物帳一」春陽堂書店

矢はみな的に命中した。
射手三人のうち、
一番勝った者が師匠の娘・
深雪を貰うのだ。
しかしその直後、不審な人物が
船に乗り込んでくる。それは
かつて深雪の婚約者であり、
三人によって陥れられ
流罪となっていた
兵藤静馬だった…。

横溝正史人形佐七捕物帳第7作です。
三人の男が弓術比べを行い、
誰が婿となるかを決める。
その三人の婿候補は
いずれも人間性に問題ありの人物。
その際に使われた矢で、
射手三人が次々に殺害される。
この筋書きの骨格部分は
金田一耕助シリーズ
「死神の矢」に流用されています。

【捕物帳〇〇七「三本の矢」】
柳川主膳
…神学塾を開いている学者。
 弓術もたしなむ。娘・深雪を
 弟子三人の婿にすることに同意。
柳川深雪
…主膳の娘。父・主膳の婿選びの提案に
 渋々従う。十八歳。
大場弥五郞
…主膳の弟子。深雪の求婚者。
 最初に殺害される。
白須賀八郎右衛門
…主膳の弟子。深雪の求婚者。
 二番目に殺害される。
久米源之丞
…主膳の弟子。深雪の求婚者。
 最後に殺害される。
兵藤静馬
…主膳の弟子。深雪の婚約者だったが、
 無実の罪で流罪となる。
 花火大会の夜、姿を現す。
お蓮
…碁会所の女主人。花火大会の夜、
 静馬が逃げ込んだ船に乗っていた。
神崎甚五郎…八丁堀の与力。
…佐七の乾分。
お粂…佐七の女房。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。

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今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
自分の矢で射殺される射手たち

何といっても読みどころは、
婿を決めるために使った矢で、
射手自身が殺害されるという
異常性です。
しかもその矢は婿を決めるための
弓比べで使用した矢ですから
なおさらです。

本作品の味わいどころ②
果たして数馬は復讐鬼か幽霊か

そこに絡んでくるのが
かつての婚約者・兵藤静馬です。
彼はきわめて優秀で
人柄もよい青年でした。
三人の偽りの密告により
流罪となっていたのですが、
島抜けをして
深雪のまえに姿を現したのです。
その目的は復讐のためなのか?
しかし殺害の現場には姿が見えず、
まるで実体を持たない
幽霊のようでもあります。
数馬は復讐の鬼なのか、
それとも既に命を終えていて、
目撃されているのは霊体の姿なのか、
どちらにしても
横溝らしいおどろおどろしい設定です。

本作品の味わいどころ③
なかなか見えない動機と下手人

ついにはその三人だけでなく、
深雪の父親・主膳まで
殺害されてしまいます。
すべてが終わった後、
佐七が謎解きをするのですが、
それはぜひ読んで確かめてください。

さて、三本の矢で
三人が刺し殺されるという
衝撃的な筋書きなのですが、
設定の多くは無理があり、
破綻しているといってもいいでしょう。
最後に下手人は明らかになるのですが、
殺害方法など、
細かな部分は明かされないまま
下手人自害となり、
謎に包まれたままです。
主膳が娘の婿選びの方法として
なぜこのような奇抜な方法を
選んだのかも語られずに終わります。
弥五郞、八郎右衛門、主膳の三人が
殺害されたあと、
屋敷には源之丞と深雪の
二人だけになるのですが、
源之丞はなぜか深雪を
強引にものにしようとはせず、
静馬の居場所をはかせるために
折檻を続けるという、
首をかしげざるを得ない
行動に出ています。
そしてあろうことか佐七は
その状況を理解した上で
黙認・放置するという、
人情に厚い佐七らしからぬ行動も
見られます。

短篇の枠の中で、この
「三本の矢の殺人」を組み上げるのは、
分量的に困難だったにも関わらず、
横溝はこのネタで筋書きをどうしても
創りたかったのでしょう。
1938年に書かれた本作品は、
以上のように
残念な状態となっているのですが、
約20年後の1956年に
金田一耕助シリーズの短篇
「死神の矢」として雑誌掲載、
そのわずか2ヶ月後に
なんと3倍の長さに増量され、
長篇作品「死神の矢」として完成します。
そこでは本作品で
どうしてもすっきりしなかった部分が
すべて解消され、
「三本の矢の殺人」の設定が最大限に
生かされたものとなっています。

本作品があったからこそ、
金田一シリーズに興味深い長篇作品が
一作加わったのです。
そう考えたとき、
十分な完成度とはいえない本作品も、
愛おしいものに思えてきます。
「死神の矢」をお読みになった方は
ぜひこちらもどうぞ。

〔「完本 人形佐七捕物帳一」
       収録作品一覧〕

羽子板娘
謎坊主
歎きの遊女
山雀供養
山形屋騒動
非人の仇討
三本の矢
犬娘
幽霊山伏
屠蘇機嫌女夫捕物
仮面の若殿
座頭の鈴
花見の仮面
音羽の猫
二枚短冊
離魂病
名月一夜狂言
螢屋敷
黒蝶呪縛
稚児地蔵

〔金田一耕助シリーズ「死神の矢」〕

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